佐多稲子 旧居跡

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佐多稲子 旧居跡(1)

 すみだ郷土文化資料館(東京都墨田区)に行った際に、「佐多稲子 旧居跡」の説明板を見かけました。

 小学生の頃から利発な文学少女であったが、11歳の時に、結核で亡くなった母の治療費や父の放蕩などで家計はひっ迫。叔父を頼って、父、祖母とともに長崎から上京、向島小梅町52番地(現在、隅田公園内)の家に身を寄せることになる。牛嶋尋常小学校5年に転入したものの、家計を助けるために、キャラメル工場で働かなければならず、結局、料亭、工場、書店などで働きながら、小説や短歌を投稿。これらの経験が、後に『キャラメル工場から』という作品にまとめられ、出世作となった。
 戦後、すぐに架かれた自叙伝ともいえる『私の東京地図』には、長く暮らした向島周辺のことが書かれている。「私の地図の、江戸案内の版画的風景には、三囲神社も書かれている。いつもひっそりとしていた神社だ。淀んだどぶ池のそばに、閉めたままの障子の白さを見せていたのは其角の家だ、と子ども心にも知っていた」

(2015年2月28日現在)

佐多稲子 旧居跡(2)

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